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高架下のわんこ
麻由子さんが杉並区に住んでいた頃の話。今から三、四年ほど前だ。
夏に向け体重を減らそうとしていた麻由子さんは、その日も最寄り駅より一つ前の高円寺駅で降りた。
最寄の阿佐ヶ谷駅から歩けば五分もかからないうちにアパートについてしまう。
少しでも長く歩いてカロリーを消費したかったのだ。
高円寺駅と阿佐ヶ谷駅を結ぶ高架下を歩けば雨にも当たらない。
「夜遅くでもけっこう人が歩いてるのよ。犬の散歩する人もいるし」
だから特に危険はないと判断した。
だがその日は違った
「ワールドカップかなにかイベントがあったんだと思う。いつも人は歩いてるのにその日は全然いないの」
痴漢が現れたら嫌だな。
足を速めた。
どうでもいいことを考えよう。
柱には「犬が小便したら水をかけて!」と注意書きがある。
(そうだよなぁ、水のペットボトル手にしている人いないもんな)
ばふぅ、ばふぅ。
ばうぅぅん、くぅううんん。
(あ、わんこのお散歩する人だ)
振り向くと柱の影から頭が覗いている。
ゆっくりと首輪が見えてくる頃には麻由子さんの身体は固まっていた。
白ブリーフ一枚で地に這う男だった。
顎をコンクリートにつけそうなほど下げ、両手両足はイグアナのように地面を擦っている。
<くぅぅううぅうん>
犬に似ても似つかないハスキーボイスで、男は短髪頭を麻由子さんに向け、口をあんぐりとあけた。
餌をねだっているようにも見えた。
「目がね、普通だったの。シラフの目なの。お酒に酔ったわけでも、なにか薬物をやっている風にも見えないの。仕事しているときの真面目な視線。だから最初は撮影だと思って」
逃げ出すことに躊躇したという。
ヤラセの撮影に巻き込まれることは何より恥ずかしかった。
おまけにそのとき麻由子さんは高いヒールを履いていた。
<ばふぅ>
何度も繰り返し男は似せる気もないであろう犬の鳴き声をする。
いい加減無視をして立ち去ろうとすると背後から声が背中にぶつかった。
<くぅうん、次くるときは、くぅうん、骨もってきてぇぇぇん>
あまりの気味の悪さに鳥肌をたたせながら、麻由子さんは何度も後ろを振り返り早足で逃げたそうだ。
(気が狂ってるんだ)
以後二度と高架下は利用しないことにしたという。
後日談がある。
麻由子さんが杉並区から違う区へ引越し、その手続きの為に引越し先の役所へいった。
書類の申請をしながら職員をなんとなく眺める。
一瞬、背筋に電流が走った。
犬を演じていた男が職員としてパソコンを一心不乱に叩いていた。
どこからどう見ても、真面目な公務員にしか見えなかった。
無論人違いかもしれない。
だが麻由子さんが注意深く眺めていると、男は鼻歌のように「くぅーん」と呟いたという。
「あ、ここも駄目だわって思って、それからさらに引越ししたわよ。まぁ彼氏の家に押しかけたって感じだけどね」
今年の夏、麻由子さんはその彼と入籍するという。
だが家族ができても犬を飼うことは絶対に許さないそうだ。
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