2014年4月29日火曜日

恐い話

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厠 

桂川さんはその時、会社の帰りで運転をしていた。
 差し迫った状況だった。
「あの……あたし、とっても便秘がひどいの」
 詳細は省くが、四日ぶりの大物が腹部を圧迫し、脂汗を垂らしながら彼女は厠を探していた。
 汚いところは嫌だ。
 コンビニのトイレも落ち着かない。
 パチンコ屋に女一人で入ることも抵抗がある。
 便意を宥めながら、もうすこし行けばイオン系のショッピングモールがあったはずだと思い出す。

 車を停め、駐車場から一番近いトイレに入る。個室が三つある広々と清潔なトイレだった。
 一息ついていると、女子高生と思わしき二人組みが入ってきたそうだ。
 ガヤガヤと場をわきまえない大声で喋りあっている。
 二人組みは桂川さんを挟む形で個室に入った。
 かつての自分を思い出し懐かしみたいが、そんな余裕はそのタイミングでの桂川さんにはなかった。
 左右で飛び交うクラスの男子の話や教師への愚痴を、桂川さんは聞くともなく聞いていた。
「でさ、モジャゴリがさ〜」
「うんうんうん。あいつあれで奥さん若いんだって」
 ウケるぇ。キモくね? ヤバイっしょ。
 桂川さんはなんとなく居心地が悪く、はやく用を足し終えようとお腹に力をこめた。
「でさ、モジャゴリって後頭部はカッパじゃな……え? なにこれ、ちょっとちょっとちょっと」
「え、どうしたの?」
「え、いや、え、え? ダメダメダメだってぇ」
 逼迫した物言いに桂川さんは反射的に足を上げた。
「虫だと思ったの。蛾とかゴキブリとか」
 必死に床に目を凝らす。だがあの黒々とテカる虫はこない。
「サヤカどうしたの?」
「……」
 少女からの返答はなかった。
「サヤカってば!」
 桂川さんも他人ながら「どうしたのよサヤカちゃん返事してよ」と願ったそうだ。
 サヤカと呼ばれる少女の個室で、無言で水が流れた。そしてゆっくりと、静かにドアが開かれた。
 桂川さんの隣の個室にこっそりとノックされる。
「キョウコ、はやくでて。つぎたぶんそっち。ニジちゃんがしたからみてくる」
「えぇ……なんなのよ……」
 不満そうだったが案外素直に隣の少女は言うことを聞き、二人はトイレから出て行った。入ってきた時と正反対の静けさだった。不穏な静けさだった。
 出て行く際の「私のせいじゃないのに……」と残された言葉が桂川さんは気になって仕方なかったという。

 桂川さんは結局ろくに用も足せず個室を出た。
 あまりに気をとられたせいだった。
 なんなのよ……と舌打ちをしながら手を洗う。
 鏡に、開け放たれた個室が見えた。叫んでいた女の子の方の個室に。
 女がいた。
 茶色い体操着を着た女がさかさまに、ゆらゆらと揺れていた。
 まるで湖底の水草のようだった。半そでから飛び出た、深緑色の両腕と両足を宙に投げ、風もないのに揺れていた。
 便器にむかって垂れる長い髪は顔を覆いつくしていたという。

 桂川さんに顔を覗き込む勇気はなかった。
 たぶん私にだってそんな度胸はない。
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