2016年1月31日日曜日

感動ネタ話 後編

親父がいきなり「何か食べたいものはあるか?」って言った。
俺は不思議に思っていたんだが、妹はそんな俺にはお構いなしで大喜びだった。
案の定、苺のショートケーキが食べたいって言った。
親父は奮発して高いのを買ってやるって言ってた。
その日は本当に久しぶりにみんなが大笑いできた日だった。
病院の帰り、車の中で俺はさっき思っていたことを親父に聞いた。
「もう、普通の食事をしてもいいのか?ってことはよくなってるんだよな!?」って嬉しくて大声で言った。
そしたら、親父は黙り込んだ。どういう訳か母さんも俯いてた。
さすがに俺も薄々感づいてた。
親父は言った。
「先生(医師)の話では、もう長くはないそうだ。」
そんな、本当にそんな素っ気ない言葉で俺は頭の中が真っ白になっていた。
妹の体は衰弱しきっていたらしい。
何のための苦しい手術だったんだ。
何のための長い入院生活だったんだ。
まだ何か言ってたけどあんまり覚えてない。母さんは横で泣いてた。
その時俺はどうして良いかわからなかった。
607 :◆5YL0chcRQI :2005/07/01(金) 21:43:58
次のお見舞いの日に、いつも食べていたようなスーパーで買う苺ショートケーキとは違って専門店の高い苺ショートケーキを買っていった。
苺も本当に大きくて甘そうだった。それをみて妹は大はしゃぎ。
苺のショートケーキを渡したら、本当に久しぶりに顔で合図をしてきたんだ。
そのことが本当は嬉しかったけどいつものように「はいはい・・・・・・」って感じで苺を渡そうとした。
でも、それを妹が遮った。
「今日は兄ちゃんが私の苺も食べて」って・・・・・・。
俺は一瞬呆気にとられていた。だって久しぶりのショートケーキでしかも高い奴なのに。
なんでそんな事するんだって聞いた。理由を聞いても「いいじゃん。」ってくびを振るだけ。
俺も初めはしぶっていたんだがどうしてもって言うから素直に貰うことにした。
その様子を見て妹は本当に嬉しそうな顔をした。
で、一緒に食べた。苺のショートケーキ。
それで妹が聞いてきた。
「苺、おいしかった?」って。
俺はうなずいた。本当においしかった。
あの時改めて思ったのが「食べ物は一緒に食べる人によって味がかわるもんだな」って。
どういうわけか、同じ苺なのに妹の方が甘く感じるんだ。気持ち一つでここまで変わるんだなって正直びっくりした。
その後もいつものように何気ない話をして笑った。
その中で、やっぱり親父が妹に言うんだよ。
「元気になって退院したら何処か行きたいところはあるかい?」って。
俺は、遊園地かそこらだろうかって考えてた。
妹はちょっと考えてから
「家に帰りたい。」「家のテーブルでみんなと一緒にお母さんのごはんが食べたい。」って・・・・・・。
俺、自分の考えの浅はかさに怒りを覚えたよ・・・・・・。
今の妹にはそんな当たり前のことですら願いごとに値するほどなのに。
病室にいられなくなってトイレに行って泣いた。もう、わけがわからなくなって。
親父と母さんはさすが大人だと思った。
家に帰るまではずっと笑顔のままだったんだから。

608 :◆5YL0chcRQI :2005/07/01(金) 21:45:35
ついにその日がきた。あのときも朝だった。
今度は目覚ましでなんて起きない、親父の怒声でおきた。容態が急変したらしい。
着替える暇もなくパジャマのまま車にのって病院にいった。
妹は呼吸を荒げていた。遠くからでもわかりそうなぐらいに荒かった。
病院に行ったあの日よりも辛そうな顔にいっぱい汗をかいてた。
母さんが妹の手を握ってた。母さんの手は真っ白になってた。
それぐらい力が入ってたんだと思う。
妹は俺たちが来たことに気付いたらしく妹が本当に小さな声でいったんだ。
苺、おいしかった?って。
それは前に何度も言った言葉だった。
荒げる呼吸の中なのに何故かはっきりと聞こえた。俺はうなずくことしかできなかった。
「次は俺のをあげるからまた一緒に食べような。」って言ったら「今度、食べるときも、あたしのを、あげるよ。」って途切れ途切れに返してきた・・・・・・。
もう、我慢出来なくなってた。
俺はボロ泣きだった。
苺なんていらないからこれからも一緒に話しをしてくれよ。
これからも一緒に笑ってくれよ。
前みたいに一緒に遊びに行ってくれよ。
楽しい場所、いっぱい知ってるんだよ・・・・・・。
1人じゃつまんねぇよ・・・・・・。
俺は本当に・・・・・・本当にそう思っていた。
でも、そんなこと絶対に言えなかった。辛いのは妹だったんだから。
「そんなこと言ってると、これからもずっとお前の苺を食っちまうからな。」
笑いながらそんな冗談を飛ばした。俺は泣いてたのに。
たぶん、変な顔になってたんだろう。
妹は笑っていた。俺は泣いてるのに笑って、お前は苦しいのに笑って。
本当に変な兄妹だったな、俺たち。

609 :◆5YL0chcRQI :2005/07/01(金) 21:46:19
あんなに苦しんでいたのに逝く時は本当にあっさりだった。
治ってしまったのかと思えるほど朗らかな顔。ただ眠っているだけにしか見えない顔。
なのに、なんでその顔に白い布をかけるんだよ。
俺たちの顔を見れなくなるじゃないか・・・・・・。
俺たちともう話せなくなるじゃないか・・・・・・。
もう泣くことしかできなかった。
あんなに泣いていたのにまだ涙は枯れなかった。
俺はダメな兄ちゃんだった。
ただ会いに行って話をするだけで。
俺はお前からたくさんの大切な物をもらったのに、俺はお前に何か伝えてやれたんだろうか?
俺の気持ち、伝わってたか?
こんな俺たちの日々を誰かに伝えたくて、今こうして文字にしている。
あれから二年、俺は勉強したかいもあり無事大学にも合格し、一段落ついた。
二年たった今でもはっきりと覚えているお前の笑顔。
遅くなっちまったけどあの時言えなかったあの言葉を言わせてくれ。
苺、おいしかったよ。
ありがとう。
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