2014年1月29日水曜日

不思議な話中編

男がまず始めたのは、椅子をつくる作業だった。
彼の家には机と椅子とベッドが一つずつしかなかった。
ベッドや机は良いとして、椅子は流石に共用できない。

背もたれが出来るように丸太をカットするだけの作業だが、
まともな道具がないこの街では大変な作業で、
少女にも手伝ってもらい、二日かかって椅子は完成した。


座り心地も良く、出来栄えに男が満足していると、
少女はその椅子を男の方へ持って行き、
古びた方の椅子を自分の方へ持って行こうとした。

男がそれを元に戻すと、少女もそれをまた入れ替え、
新しい椅子の押し付け合いのような形になった。
結局、その椅子は少女のものになった。


男が、街の唯一の文化施設である図書館に
少女を連れていくと、言葉が分からない少女は、
立ち入り禁止区域に侵入しようとした。

慌てて引きとめようとする男を少女は面白がり、
二人で図書館内を走り回り、職員に注意された。
否定を意味する言葉の大半は、このとき覚えたと少女は言う。

24 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:15:40.39 ID:mkZ53f+S0

段々と言葉を覚えてきた少女を連れて、
ときおり、男は暇潰しに、喫煙室を見に行った。

新たに連れてこられた人たちを見つけると、
彼らはマスクを彼らに渡して着けるように指示し、
この街に降る灰がどのようなものかを説明した。

ついでに「豚の糞を喉に詰まらせてくたばりやがれ」
という意味の言葉を「ありがとう」を意味する言葉として教えた。

去っていく男と少女に、彼らはその言葉を連呼した。
街に入ってからも、しばらく彼らはその言葉を使っていた。


少女を連れて歩く男を、街の人間は面白がり、
「どんな心境の変化だい?」などときいてきた。

男は、そういう問いは大抵無視した。
少女は会話が聞き取れなかったので、男にきいた。
「あの人たちはなんて言ってたんですか?」
「お似合いの二人だって褒めてたんだよ」
「ですよね」と少女は頷いた。「私もそう思います」

26 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:19:54.56 ID:mkZ53f+S0

言葉を覚えてから、しばらくして、少女は言った。
「灰が体に悪いってことは、一応、最初から知ってたんです」

「じゃあなぜわざわざ外に出ていた?」
男がききかえすと、少女は「んー」と考えてから、
「積極的に、生きていたいとは思わないんです。
 死にたいって思うほどでもないんですけど」と言った。

27 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:20:48.56 ID:mkZ53f+S0

男は、頭の中で同意しつつ、口では否定した。

「そんなすぐに死ぬのも勿体ないだろう?
 ある日突然、良いことが起きるかもしれないし……」

少女はきいた。「あなた、いくつですか?」

「二十八。いや、もう二十九だな」と男は指折り答えた。

28 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:21:42.52 ID:mkZ53f+S0

「で、起きたんですか? 良いこととやらは」

「起きたよ」男は躊躇せず答えた。

「なんですか?」

「お前が来た」

少女はしばらく黙っていた。
男と目が合うと、すぐに逸らして、
何度も一人で頷いて、最後にちらっと笑った。

「私も、今、良いこと起きました」

「へえ」男は言った。「聞かせてくれるか?」

「あげませんー」

29 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:22:46.38 ID:mkZ53f+S0

またある日は、少女はこうたずねた。
「どうしてこれまで一人で暮らしてたんですか?
 他の人は皆、集団で暮らしてるのに」

「良い質問だ。胸の内に閉まっときな」
男は枕元の灯りを消して、少女の頭をぽんぽん叩いた。

「もしかして、孤独癖とか、無頼漢とかなんですか?」

「難しい言葉を覚えたな。だがそんな格好良いもんじゃない」

30 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:23:21.16 ID:mkZ53f+S0

男はしばらく考えてからこう言った。
「こういうのは"鼻つまみ者"っていうんだ」

「なんですか、鼻つまみ者って?」

「そのうち分かる」

「そうですか」と言って少女は男の頭をぽんぽん叩く。

31 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:24:47.31 ID:mkZ53f+S0

しばらくして、不意に少女が口を開く。

「私、"鼻つまみ者"が好きですよ」

「それは間違った使い方だ」

「あってます」

「嫌われてる人を、鼻つまみ者って呼ぶんだ」

「じゃあ、あなたは、鼻ひらき者ですね」

「なんだそりゃ」男が笑う。あ、笑った、と少女が喜ぶ。

36 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:55:14.24 ID:mkZ53f+S0

その日は少女と男が出会って、ちょうど一年目だった。
男が外出から帰ると、少女がベッドに座って俯いていた。
「どうした、また誰かに叱られたのか?」
男が言うと、少女は首を振る。

「さっき、人がきました」

「人か。どんな人だ?」

「黒髪の人です」

「ってことは、新入りか?」

「私、元の世界に帰されるらしいんです」

男はコーヒーを淹れる手を止めて、
ついに来たか、と溜息をつく。
何かおかしいとは思ってたんだよ。

37 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 21:57:39.30 ID:mkZ53f+S0

「その人が言うには、私は本来、
 ここにいるべきじゃないらしいんです。
 間違って連れてこられたんだとか」

「まあ、お前しか子供がいないってのは、
 考えてみれば変な話だよな」
男は少女と目を合わせずに言う。
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