「元の世界に、戻されるらしいです。
今日が終わったら、もう私はいなくなります」
「そうか」男は一拍置いて言う、「良かったな」
少女は頷きかけたが、思い直して首を振った。
39 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:00:44.09 ID:mkZ53f+S0
「私、あっちに戻っても、良いことなんて
ひとつもないんです。ここにいたかったなあ」
「じゃあここに残ればいい。簡単な話だ」
男がそう言うと、少女は微笑む。
「そうですね。残りましょう」
そう言って、男の背中に抱き着く。
40 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:04:49.09 ID:mkZ53f+S0
男の背中に顔を埋めたまま、少女は言う。
「短い間だったけど、ありがとうございます」
「ああ。これからもよろしく」と男は答える。
「まったくもう」と少女が呆れた顔で言う。
「さて、今日は何の日だと思う?」
「お別れの日です」
「違う。俺とお前が出会って、一周年の日だ。
記念日だ。ワインも用意してある」
「私、未成年ですよ?」
「見りゃ分かる」
「まったくもう」
42 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:11:45.35 ID:mkZ53f+S0
「運命の相手に巡り合えたことに、乾杯」
「否定しませんよ」
「ずいぶん喋るのも上手くなったよな」
「喋りたいって思えば、上達も早いんです」
「そうだな。俺も、ずいぶん語彙が増えたよ」
「豚の糞を喉に詰まらせてくたばりやがれ」
「いえいえ、こちらこそ」
43 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:16:52.18 ID:mkZ53f+S0
「もう一年前になるんですか。初めて出会ったのは」
「ああ。まだ俺が二十代だったころだ」
「あなたが見つけてくれてなかったら、私、今頃灰燼に帰してましたね」
「言葉通りな」
「灰を吸い出してくれたのは助かったんですけど、
無意識のうちにファーストキスを済まされたのは悔しいです」
「ああいうのはキスと言わない。子供の頃に遊びでするのと一緒だ」
「赤ん坊の頃から、遊びでキスしたことなんて一度もありませんよ」
「お堅いんだな」
「ええ。死守してきたんです」
「そうか。悪いことをしたな」
「まったくもう」少女は嬉しそうに椅子を揺らす。
44 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:19:51.98 ID:mkZ53f+S0
「さて」男は言う、「ここで自己紹介と行こう」。
「そうですね」少女はうなずく、
「お互いのことをよく知るのは、
付き合っていく上で大事なことですから」。
それから二人は自己紹介を始めた。
46 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:26:18.86 ID:mkZ53f+S0
互いの素上について話しているうちに、
時間は驚くほど早く過ぎていく。
なぜか? 書く側の体力が尽きてきたからだ。
少女が窓の外の時計台を見て、
書き手にとって都合の良いことを言う。
「残り、十分を切りましたね」
「らしいな」
「何か、最後に、言っておくことあります?」
「これからもよろしく」
「もう、そろそろそんなこと言ってる場合じゃないですよ。
いなくなる私に、なにか優しい言葉をかけてくださいよ」
「お前のファーストキスの相手が俺でよかったよ、みたいな?」
「"みたいな"はいりません」
47 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:34:21.91 ID:mkZ53f+S0
男は小さく溜息をつくと、ぼそっと言う。
「あんまり褒められたことじゃないけど、
俺はお前のことが好きだったよ。
何言ってるんだって思われるかもしれないが、
結婚するならお前みたいなやつが良かった」
「あんまり褒められたことじゃないですね」
「だろう? だから言わないでいたんだが」
「いえ、でも、最後に言ってもらえて良かったです。
ていうか、それがききたかったんです」
「そっか。俺もこれが言いたかったんだよ」
49 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:39:17.52 ID:mkZ53f+S0
どちらともなく差し出した手を繋ぎ、
二人は最後の十分間を過ごした。
最後に別れの言葉を言おうとして
開かれた男の口は、少女の唇で塞がれる。
かつて男が少女にやった方法で、
男の肺に溜まった灰が、吸い出されていく。
全てを吸い出し終えたところで、少女は口をはなし、
「さよなら。幸せでした」と言って、
男の返事をきく間もなく、姿を消した。
50 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/03/25(日) 22:41:36.97 ID:mkZ53f+S0
時計台が十二時を告げる鐘を鳴らす。
男は呆然とそれを眺めていた。
不意を突かれて、抱きしめ返す暇さえ与えられなかった。
最後の最後に、してやられたな、と男は思う。
男は立ち上がって、綺麗な方の椅子に座り、
異様に長く感じる鐘の音に、耳を澄ましていた。
と言う話を喫煙室にいるときに考えました。以上!
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