2014年1月26日日曜日

切ない話 前編

寝ようとする→兄の焼死体がこっちを見ている→起きる



ひーちゃんは中学生の頃に三人殺した
父、母、兄の三人だ
自殺しようと思って、自宅に火をつけた はた迷惑な野郎だ

そしたらひーちゃんだけが助かってしまった
やっちまった、とひーちゃんは思った
いい人達だったのに燃やしちまった


家が無くなり、家族が全員死んで、
親戚の家で暮らすことになったひーちゃんは、
「いざとなったらもう一回自殺すればいいや」と思い、
そしたらけっこう生きるのが楽になった

火をつけたのがひーちゃんだとは誰も思わなかった



高校は遠い、勉強は難しい、親戚は優しい、
多忙な生活の中で、ひーちゃんはふつうの人間になっていった

「なんで自殺なんかしたんだろう?」と思うようになった
中学の頃の俺は、頭がおかしかったんだ


ひとごろしのひーちゃんは、
奨学金を使って大学へ進学し、一人暮らしを始めた

全ては順調に行っているように見えたが、
春の終わりごろから、寝不足に悩まされるようになった

兄が寝させまいとしてくるのだ

確かに悪いのはひーちゃんの方なので、
そういうことをされても仕方ないとひーちゃんは思った


眠りにつくその瞬間、ふっと目が覚めて、
窓なんかに目をやると、兄がこっちを覗いている
死んだときの姿そのままで

あまり気持ちの良いものではない
率直に言ってびっくりする
正直さいしょは悲鳴をあげた

直接的な何かをしてくるわけではないが、
ひーちゃんは着実に弱っていった


授業中に居眠りをするようになって、
ひーちゃんはある法則を発見した

人前で寝る分には、兄は現れない

教室や食堂など、人の集うところだと、
ひーちゃんは安心して寝られるようになった
一人でもひーちゃんの存在を意識している人がいれば、
ひーちゃんはよく寝ることができた


じゃあ友達に手伝ってもらえば寝られるじゃん!
しかしひーちゃんには友達がいなかった

罪の意識からくる自分への戒めなのか、
単純に人付き合いが苦手なのか分からないが、
とにかくひーちゃんには友達がいなかった

眠くなると、近所のマックやドトールに行って迷惑がられた
それでも睡眠時間はろくにとれなかった


たぶんひーちゃんは寿命が残り少なかった
ひーちゃんもそれを自覚していた

兄は本気でひーちゃんを連れていくつもりだった
ひーちゃんも仕方のないことだとは思った

むしろ、父と母が同じように現れないのが不思議だった
親と言うのは心が広いんだなあ


一生懸命生きてきて、自分の人生に愛着も湧いていたが
一方で、そんなに生き残りたいとも思わなかった

ただし、積極的に死のうという気もなかった
そのうち目が悪くなり、耳も遠くなってきた
起きてるんだか寝てるんだかも曖昧になってきた


その日もひーちゃんはイオンのフードコートで寝ていた
携帯がガタガタいう音で目が覚めた
そういえば携帯って振動するんだっけ

ひーちゃんが携帯をぱかっと開けると、
なんと着信が五件もきていた
これはひーちゃん的には一年分に相当する


選択科目の授業でペアを組んでいる相手だった
授業のことで何かあったのだろうか
あわててひーちゃんはリダイヤルした
咳払いをして声を整えた

死期が近づいていると分かっていても
相変わらずどうでもいいことが気になる
単位なんてとっても仕方ないのだが


「寝てた」とひーちゃんは言った

「だろうと思った」と相手の子は言った

しょっちゅう隣の席で寝ているから
ひーちゃんがよく寝る人だということは知っていたようだ

ひーちゃんは聞いた、「で、何の用事?」

「ほら、あれ、水曜一限の課題」

「なんかあったっけ?」

「今日の六時までのやつ」

「それ、大事なやつ?」

「はあ?」お怒りの様子だ


「それって、成績に響く?」ひーちゃんは聞いた

「これやんないと単位もらえない、超大事」

「分かった。大学行けばいい?」

「いや、君んちの傍にいる」

「え? 知ってんの?」

「前授業で言ってたじゃん」

「あー。でも俺、今イオンにいる」

「はあ?」

授業の時も、しょっちゅう「はあ?」と言うので、
ひーちゃんはこの子のことを、頭の中で「はーちゃん」と呼んでいた


「早くこっちきてよ」

「三十分くらいかかる」

「はあ? さっさと来てよ」

ひーちゃんは原付を飛ばして帰った
人と話すのは久しぶりだった
自分ってこういう話し方だっけ? と思った

アパートにつく
ドアの前に、はーちゃんが座っていた

明るい髪色で、目がパンダのはーちゃん
ひーちゃんが一番苦手なタイプだった


「ここ、パソコンある?」とはーちゃんが聞いた

「ある。ネットには繋がってないけど」

「じゃあ、ここで作業するよ。もう時間ないし。いいでしょ?」

「いいですよ」

はーちゃんはひーちゃんの部屋に入って
ひととおり物の無さと生活の質素さに驚いて
四回「はあ?」って言ったあと、課題をはじめた

ひとごろしひーちゃんにとって、ここは生活空間ではないのだ
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