2014年1月26日日曜日

切ない話後編

二時間後、はーちゃんが目を覚ました
ひーちゃんのソファを使っていたことに気づき、
気まずそうな顔で丁寧になおした

「寝ちゃった」とはーちゃんは言った

「おはよう」

「おはよう……帰るね」

「ん、じゃあ」

はーちゃんは目をこすりながら出ていった

ひーちゃんはその光景を一生忘れないと思う
もうすぐ死ぬから当たり前と言えば当たり前か

あんまり死にたくないなあ、とひーちゃんは思った
でもそういうわけにもいかないのだ


以来、はーちゃんはときどき手伝ってくれるようになった

「ひーちゃん、ひーちゃん」

「んー?」

「最近寝てる?」

「寝てない」

「寝る?」

「寝さして」

二人でいるときは、いつもどっちかが寝てるから
あんまり言葉を交わすこともなかったが、
ひーちゃんもはーちゃんもその時間がとっても好きになった


はーちゃんが好きな煙草はキャスターだった

「部屋ん中で煙草吸わないで」

「いいじゃん、どうせもうすぐいなくなるんでしょ、きみ」

「おいしいか、それ?」

「まさか。おいしいわけないじゃん」

「吸うなよ」

「だって私に煙草が似合うんだもん、しょうがないじゃん」

「似合わないよ。あと、髪染めるのも似合わない」

「似合うし」

「化粧濃い」

「うっせー」

はーちゃんの化粧は徐々に薄くなり始めた

大学には保育科のためのピアノ練習室があった
講義の合間に、ひーちゃんが眠くなったとき、
はーちゃんはそこにひーちゃんを連れ込んだ

はーちゃんは定番のゴルドベルク変奏曲を弾いて、
ひーちゃんはピアノカバーにくるまって寝た

音楽室は外の音が全く聞こえなかった
はーちゃんはひーちゃんが起きるのを待つ間、
試験範囲をバカにも分かりやすくまとめることにした
自分がそこまでしてあげる理由が分からなかった

はーちゃんがいても兄が現れるようになったことは言わないでおこう。

「なんで自殺しようと思ったの?」

その頃にははーちゃんも、ひーちゃんの自殺未遂で
家族が全員死んじゃったってことを知らされていた

「生きてて楽しくなかったんだ。本当に深い理由はない。
当時の俺は知的生命体じゃなかったんだよ」

「それで死ぬなんて、馬鹿じゃないの?」

「そう、馬鹿だったんだ。けっこう生きるの楽しいのにな」

そう言った後で、ひーちゃんはちょっと嫌な気持ちになった
ひとごろしのひーちゃんは三人も殺したのだ
楽しい楽しい人生を三つも焼却してしまった
殺されても文句は……あるよな、それでも

「罪ってのは永遠に許されないもんだと思う?」

ある日ひーちゃんは唐突にそう言った

「そうだなあ」とはーちゃんは考えた

どうにもうまい慰めの言葉を思いつけなかった
だって、確かにひーちゃんは悪いやつなのだ

今のひーちゃんは絶対に悪さはしない、
いわゆる「更生した」ひーちゃんだけど、
三人殺してしまったことが許されることはない


困り果てたあげく、はーちゃんは、
「私は君のこと好きだよ」と言った

「はぐらかさないで」とひーちゃんは言った

「そっちこそはぐらかさないで」とはーちゃんも言った

ひーちゃんは眠気で理解力が落ちていて、
はーちゃんが何を言いたいのか分からなかった

はーちゃんはひーちゃんをソファに押し倒した

「気にすんなよ。寝なさい」

でもひーちゃんは目を開けたままだった

はーちゃんはソファに座り、ひーちゃんの頭を膝に乗せた
ひーちゃんますます眠れなくなった

はーちゃんはちょっと考えた
これ、二人で住んだ方が効率いいよなあ
そうしたらいちいちお互いの家まで来なくて済むし、
家賃も安くなるし、私ひーちゃん好きだし

ようやく寝息を立て始めたひーちゃんの
頭をそっと撫でながら、はーちゃんは決めた
ひーちゃんが起きたら、一緒に暮らそうって言おう

「おはよう」ひーちゃんが起きた

「おはよう。よく寝れた?」

「正直、緊張してあんまり寝れなかった」

「あはは。だっせー」

「嬉しいけど、こういうのは困る」

「そっか。次もやろうっと」

「暗いから気を付けて帰りなよ」

「うん。じゃあね」

はーちゃんは手を振って家を出た
ひーちゃんはドアが閉まってもしばらく手を振っていた

はーちゃんが帰ると、ひーちゃんはもう一度眠った。

翌日はーちゃんが部屋を訪れると、
ひーちゃんはもういなかった
鍵は開いていたので、はーちゃんは待つことにした


はーちゃんはちょっと寂しかった
十六時間くらいそこで寝たり起きたりした

裸足のまま外に出てみた
虫の声がひりひりきこえた
夏の匂いは濃すぎるくらいだった

「ねえ、映画観に行こうよ。ひーちゃんは寝ててもいいからさ」

はーちゃんはひとりごとを言った

「殺人犯が酷い目にあうやつ。一緒に見に行こうよ」

ひーちゃんがしかめづらをするのを想像して、はーちゃんは笑った

「あと、ついでにさ……こうやって行き来するもの面倒だし、一緒に住みませんか?」

なんで敬語なんだよ、と言われるのを想像して、はーちゃんは笑った

そんで泣いた

だからそれ以来、はーちゃんはしおらしくなった
煙草をやめて、髪も黒くして、化粧も薄くなった
ひーちゃんが見ても、私だと気づかないだろうな

ひーちゃんの部屋から持ち帰ったCDをかけて、
はーちゃんは自室で今日もうつらうつらする

膝に乗せたひーちゃんの頭の重みを思い出しながら、
手に触れる硬い髪の感触を思い出しながら。
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