2013年10月26日土曜日

怖い話

だれにもいえない もう二度と会わないことを条件に教えて頂いた話。
 花中さんは彼女曰く「とんでもない田舎」出身だ。
 北陸のとある地方。
 町名はあるが、規模は「町」と名乗るにはあまりにも寂れている。
『集落』という言葉が適している場所だった。
「東京の人には想像つかないと思う。お隣さんなんて1キロ先よ。畜産なんて誰もやってないのに住人の数よりも家畜の方が多いの」
 バスは八時と九時に一本ずつ、夕方に二本。電車が通る駅までは車で一時間だったので、花中さんは上京するまで電車の乗り方がわからなかった。
 その集落で子供は彼女一人だった。
 彼女が上京した今、そこには若者が誰もいない。あと十年もすれば定年を過ぎた人間しかいなくなるという。
 
 中学生の頃だ。
 夕食後の飼い犬の散歩は花中さんが担当だった。
 夜に出歩いたところで人はいないのだから変質者の心配もない。紛れ込んでくるようなドライバーもいない。
 その日は部活動で遅くなり、夕食も一人遅くなった。
 はてしなく広がる田圃道を歩きながら花中さんは急ぎ足になった。
「おしっこがしたくなったの」
 人が来ないとはいえ近所のオジサンに遭遇するとも限らない。
 裏手の山に犬を連れて入っていった。
「子供の頃、おしっこする場所って決まってない?」
 私は頷いた。私の場合はなぜか家のすぐ前の大樹だった。祖父に見つかれば拳骨だった。
 犬はふもとに繋ぎ、花中さんは恒例の茂みで用を足した。
 唸り声がした。
 人の唸り声だった。
<あぁぁぁぁぁぁ>
<えうぅううやぁぁぁぁ>
<いいいやぁぁぁ>
 急いでズボンをあげて茂みから様子を伺った。
 荒れた山道を歩くのは、見たことのない障害者の子供だった。
 気の毒なくらい動転している様子で呻いていたという。
 その背後に男性がいた。
 当然男子の父親だと花中さんは思ったが、後から考えるとそれも分からない。他人だったのかもしれない。雰囲気からは分からなかった。
 ただ日焼けの跡と逞しい肉体から、漁師さんだと思ったという。
 男性は無言のまま、男子の背中を長い棒状のもので突っつきながら歩いていた。
 花中さんは声の出所を確認したところで一安心した。
 まだ尿意が残っていたので、再度ズボンを下ろしたそうだ。
 帰宅した後に母親に話そうと思っていたが、疲れもありすぐに寝てしまったという。

 二ヵ月後、花中さんは用事で街に出たときに、男子を見つけた。
 電柱に張られてある色褪せた写真に男子は写っていた。
 張り紙には「この男の子探しています」とあった。
 身長。体重。年齢は十歳。行方不明となった日付は、花中さんが山で見かけた日の一週間後だった。

 街からどうやって帰ったか覚えていない。
 気づけばベッドでごめんなさいごめんなさい、と泣いていた。
 そして恐怖が彼女を襲ってきた。
「私が黙ってたのがバレるんじゃないかって怖くて怖くて仕方なかった」
——バレないか。
 その不安が、花中さんを常に苦しめたそうだ。
「警察の人が今にも現れて『お前のせいだ』って逮捕されることばっかり考えてた。
 玄関が叩かれるたびに身がすくんで動けなくなった」
 両親が心配するほどやつれていったが、いまさら打ち明けられなかった。
 ——どうしてあの晩すぐに母親に伝えなかったのだろう。
 ——なんで異常な事態だときちんと認識できなかったのだろう。
 何度も花中さんは自分を責めた。
 そして時間が過ぎ、自分自身が忘れ去ることを願ったそうだ。

 だが無理だった。
 電柱を見て以来、犬の散歩に出ると以前のように寄り道はせずに、余計なものは何も見ないことを心がけていた。
 しかし気づけば見るようになっていた。
 見ないわけにはいかなかった。
 あぜ道を歩く。
 数少ない電柱の外灯が点滅する。
 パッ、パッ、パッ……。
 一瞬暗くなる。明るくなる。暗くなる。明るくなる。男の子がいる。暗くなる。明るくなる。
 男の子がいる。
 件の男子が、土砂にまみれ潰れた顔で立っている。
 花中さんをぼんやり眺めている。
 それはいつも彼女の叫び声で消えるそうだ。

 高校は地元から離れた全寮制の高校を選んだ。
 大学は東京を選び実家には戻らなかった。
「けれど、行方不明の日が一週間後だったら、違う日に行方不明になったんじゃないのかな」
「本当にそう思って言ってる? どうして一週間後になっているか、違うこと考えているでしょう?」
 私は目を伏せた。
「私だって何度もそう思い込もうとした。けど大人になればなるほど、日付がズレた理由がわかってしまうの」
 彼女は現在、出身地から離れた都市の児童養護施設で働いている。
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